Goodmoneylab / 2025年3月2日 ブリクストン・ポンド・レポート 小谷 健太 Good Money Lab Researcher ENGLISH このレポートは、ブリクストン・ポンド・のチャーリー・ウォーターハウス⽒(Charlie Waterhouse)の協⼒を得て執筆されました。 Brixton, London ブリクストンは、イギリス・ロンドン南東部に位置するランベス区(Borough of Lambeth)の⼀地域です。ロンドン内では、流⾏に敏感で⽂化的かつ多様性に富んだ街として知られています。ブリクストンはその多⽂化的な住⺠構成で称賛されており、2022年の国勢調査によれば、ランベス区の⼈⼝の約43%が黒⼈、アジア系、その他の少数⺠族に分類されています。歴史的に⾒ると、戦後のブリクストンは、アフロ・カリブ系コミュニティが根を下ろし⽂化を築き上げたロンドンの地域として知られていました。⁽¹⁾さらに、ブリクストンはライブ⾳楽⽂化でも有名です。デヴィッド・ボウイ(David Bowie)は⾳楽会場ブリクストン・アカデミー(Brixton Academy)で何度も公演を⾏い、彼の肖像はブリクストン・ポンド紙幣にも描かれています。また、ブリクストン・ビレッジ(Brixton Village)は街の中⼼部に位置し、1870年代かを代表する市場の⼀つであり、地元住⺠や観光客を魅了しています。 Lambeth Council ランベス・ロンドン区議会(Lambeth London Borough Council )は、ランベス区の地⽅⾃治体です。グレーター・ロンドンの⾏政区域は32の区議会に分かれています。ロンドンの各区は、公教育、住宅、環境サービス、社会サービスなど、区⺠の⽇常⽣活に必要な⾏政機能を提供しています。⁽²⁾ ランベス議会はブリクストン・ポンドの⽀援者となっています。 Brixton Pound History ブリクストン・ポンド(B£)は、2007~2008年の世界⾦融危機による経済不況への対応の⼀環として、 2009年に設⽴されました。2011年には、ブリクストン・ポンドはコミュニティ・インタレスト・カンパニー(Community Interest Company)として法⼈化されました。⁽³⁾この通貨は、ピークオイル問題への対処、炭素排出量削減、地域の⻝料運動の促進を⽬的としたトランジション運動から⽣まれました。本質的に、ブリクストン・ポンドは創設以来、反体制的かつ草の根的な理念を持っています。ブリクストン・ポンドのディレクターであるチャーリー・ウォーターハウス⽒(Charlie Waterhouse)は、「ブリクストン・ポンドは世界に対して、より良い別の⽅法が可能であるというアイデアを発信するものです」と説明しています。ブリクストン・ポンドは、イギリスで初めての都市型補完通貨として設⽴されました。 Transition Town Movement トランジション運動(Transition Movement)は、気候危機やピークオイルの課題に取り組むことを⽬的とした、市⺠や地域コミュニティによる草の根的な世界的ネットワークです。この運動は2005年に始まり、地域経済を変⾰することを⽬指して、地域所有のビジネス、エネルギー、⻝品事業、地域通貨プロジェクトなどを推進しています。⁽⁴⁾ブリクストン・ポンドは、トランジション・タウン・ブリクストン・ビジネスと経済グループ(Transition Town Brixton’s Business and Economy Group)から⽣まれました。⁽⁵⁾トランジション運動は現在、50か国以上に広がり、数千ものグループがトランジション⽂化の実現を⽬指して活動しています。⽇本全国には多くのトランジション・イニシアチヴ(Transition Initiatives)があります。トランジション藤野は2008年によろづ屋というコミュニティ通貨プロジェクトを⽴ち上げました。⁽⁶⁾ COVID and the Brixton Pound 新型コロナウイルス(COVID-19)は、イギリス全⼟の多くの地域密着型⾮営利プロジェクトに影響を与え、ブリクストン・ポンドにとっては壊滅的な打撃となりました。COVIDの影響やその他の要因により、ブリクストン・ポンドプロジェクトは停⽌を余儀なくされました。COVIDはブリクストン・ポンドを受け⼊れていた店舗の閉鎖を引き起こし、ブリクストン地域に直接的な影響を与えました。 Money Creation & Use Cases 英国スターリング・ポンド(£ Pound Sterling)紙幣は、ブリクストン内のさまざまな場所でブリクストン・ポンド紙幣に交換されていました。これらの通貨交換は、ブリクストン・ポンド・カフェ(Brixton Pound Cafe)、ブリクストン・ポンドのATM、地元のキャッシュ・コンバーター、参加店舗で⾏われました。 B£e(電⼦ブリクストンポンド)が運⽤されていた際には、10%の登録ボーナスが提供されていました。ブリクストン・ポンドは流通の最盛期には、紙幣と電⼦形式の両⽅で約250の事業者に受け⼊れられていました。また、ランベス議会は事業者向けの地⽅税⽀払いにブリクストン・ポンドを受け⼊れていました。2010年代にブリクストン・ポンドが活気あるコミュニティとして機能していた頃には、⽀払い、交換、地域開発を実験する⾰新的な技術が取り⼊れられていました。 Innovation 1: B£e Pay-By-Text (Electronic Brixton Pound) 2011年、ブリクストン・ポンドはモバイル電話のテキストメッセージ(SMS)を利⽤した電⼦決済⽅法であるペイ・バイ・テキスト(Pay-by-Text)プラットフォームを導⼊しました。この電⼦ブリクストン・ポンド(electronic Brixton Pound)は「B£e」と呼ばれ、ブリクストン・ポンドのアカウントにオンライン銀⾏振込を⾏うことで購⼊することができました。⁽⁷⁾ブリクストン・ポンドの元コミュニケーションマネージャーであるマルタ・オフチャレック⽒(Marta Owczarek)は、「これはインターネットを必要としない(offline)ペイ・バイ・テキストシステムです。テキストメッセージが使える電話さえあればよいのです」と説明しています。⁽⁸⁾ 電⼦ブリクストン・ポンドの利⽤者は、受取⼈(例:地元の事業者)に対して、eバンクの中継電話番号を介して送⾦⽤のテキストメッセージを送ることができます。この機能は、オランダの⾮営利団体ソーシャル・トレード・オーガニゼーション(STRO: Social TRade Organisation)が開発したCyclos決済プラットフォームによって管理されていました。しかし、2010年代Apple PayやGoogle Payのようなスマートフォン決済サービスのリリースにより、電⼦ブリクストン・ポンドの技術は使⽤には時代遅れの技術となりました。 Innovation 2: Brixton Pound Cash Machine ブリクストン・ポンド・キャッシュ・マシーンは2016年に導⼊され、イギリス初の地域通貨⽤キャッシュ・マシーンとなりました。このキャッシュ・マシーンはブリクストン・ビレッジ(Brixton Village)のマーケット・ロー(Market Row)に設置されました。⼀般の⼈々は、改造された⾃動販売機を通じて、英国ポンド紙幣でブリクストン・ポンド紙幣を購⼊することができました。これは、印刷された地域通貨と関わる斬新なアプローチでした。⁽⁹⁾また、キャッシュレス化が進む社会に対する象徴的な声明でもありました。⁽¹⁰⁾ Innovation 3: Brixton Pound Cafe ブリクストン・ポンド・カフェ(Brixton Pound Cafe)は、「気持ちに応じて⽀払う」という理念のもと、ブリクストンにおけるアクセスしやすいコミュニティ・スペース(community space)としてオープンしました。商品やサービスに固定価格を設定する代わりに、利⽤者が⽀払いたいと感じる⾦額を決めることができます。この「気持ちに応じて⽀払う」体験は、利⽤者にとって包括的な経験を提供します。⁽¹¹⁾地元の施設からの寄付や余剰⻝材を通じて、ブリクストン・ポンド・カフェはベジタリアン料理を提供することができました。廃棄される予定だった⻝材や野菜を活⽤し、コミュニティに⻝事を提供しました。ブリクストン・ポンド・カフェは2トン以上の⻝品を救済し、ロンドンの循環型経済(Circular Economy)に貢献しようと努めてきました。ブリクストン・ポンド・カフェは、お茶を楽しみながらブリクストン・パウンドを交換できる拠点でもありました。 The iconic Brixton Pound notes ブリクストン・ポンドを国際的に有名なプロジェクトにしたのは、その象徴的な印刷紙幣でした。ブリクストン・ポンド紙幣は⾊彩豊かで芸術的であり、デザインを通じてユニークさを表現しています。これらの紙幣は、コミュニティと関わりのある著名な⼈物を特集することで、ブリクストンの⽂化を捉えています。紙幣に登場する⼈物には、黒⼈歴史学者・アーキビストのレン・ギャリソン(Len Garrison)、 NBAバスケットボール選⼿のルオル・デン(Luol Deng)、第⼆次世界⼤戦の英雄ヴァイオレット・サボー (Violette Szabo)、そして象徴的なイギリスのミュージシャンであるデヴィッド・ボウイ(David Bowie)などが含まれています。⁽¹²⁾ The future of the Brixton Pound COVID-19パンデミック・ロックダウン(COVID19 Pandemic Lockdown)は地域社会や⾮営利プロジェクトに体系的な変化をもたらしましたが、ブリクストン・ポンド・プロジェクトはポストCOVID時代(Post– COVID Era)の世界においてその価値観とアイデンティティを⾒直しています。ブリクストン・ビレッジ・マーケットや⼤通り商店街(High Street)で独⽴系店舗が閉店する中、地域社会が繁栄するためには地域化された社会経済の発展がますます重要になっています。COVID-19の期間中、デジタルブリクストン・ポンド(Digital Brixton Pound)を確⽴するためにブロックチェーンのプロトタイプ(Blockchain Testing)が試験運⽤されました。このような新しい技術的ソリューションは、地域通貨イニシアチブへの関⼼を再び活性化させる可能性があります。代替的な経済モデルは、社会のニーズを満たすために必要不可⽋なものとなりつつあります。ブリクストン・ポンドが象徴するのは、地域社会の回復⼒と社会経済への別のアプローチです。 Reference 1. https://www.lambeth.gov.uk/sites/default/files/2022-07/state-of-the-borough-2022-report.pdf2. https://www.local-government.org.uk/london.html3. https://find-and-update.company-information.service.gov.uk/company/076351134. https://transitionnetwork.org/5. https://transitiontownbrixton.org/brixton-pound.html6. https://transitionjapan.net/7. https://brixtonblog.com/2011/09/brixton-pound-e-currency-launches-today/8. https://jessicafurseth.com/2016/12/08/brixton-pound/9. https://transitionnetwork.org/news/what-if-atms-issued-local-currencies/10. https://www.standard.co.uk/news/london/world-s-first-local-currency-cash-machine-opens-in-brixtona3223156.html11. https://love.lambeth.gov.uk/brixton-cafe/12. https://www.imf.org/external/pubs/ft/fandd/2016/03/currency.htm Facebook 106